上御霊神社という社名は、下御霊神社に対応するもので、現在は宗教法人としての正式名を「御靈神社」としているそうです。(wikiより)
目次
由緒
桓武天皇の時代、各地で疫病が流行が御霊の祟りであるとして、延暦13年(794年)5月、早良親王(崇道天皇)の御霊をこの地に祀ったのが始まりとのことです。
御祭神
現在の主祭神(本殿八座)は以下の八柱です。
- 崇道天皇(早良親王。光仁天皇の皇子)
- 井上大皇后(光仁天皇の皇后)
- 他戸親王(光仁天皇の皇子)
- 藤原大夫人(藤原吉子、桓武天皇皇子伊予親王の母)
- 橘大夫(橘逸勢)
- 文大夫(文室宮田麻呂)
- 火雷神(以上六柱の荒魂)
- 吉備大臣(吉備真備)
橘大夫って、今上天皇の遠い祖先に当たる方なんですね。知らなかった。
今日は天皇陛下のお誕生日ですね。天皇弥栄、おめでとうございます。
応仁の乱発祥の地
文正2年(1467年)畠山政長と畠山義就がここで大喧嘩して上御霊神社の戦いが行われ、これが応仁の乱に繋がって行ったので、「応仁の乱発祥の地」とされてます。
住宅街のど真ん中にある神社ですが、すごく落ち着いた空間でした。
上御霊神社の場所
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