私が青少年だったはるか昔の昭和の頃は、裏山に落ちていたエロ本(ビニ本)を誰かが持ってきて、みんなで「何じゃこりゃ!!」と言いながら、大人の世界に慄(おのの)きながら恐る恐る見たもの。(遠い目)
それでも(大切な)秘部は、モザイクだったり、影だったりで、はっきり見えなかった。
「そこには何があるんだ!!」とめちゃくちゃ妄想していた訳なんです。(遠い目・・・老眼か?)
それに比べたら、最近の青少年は可哀想だよなぁ。
インターネットでエロい画像やら映像が、めちゃくちゃ簡単に見れるじゃないですか?
隠されることによって、「もっと知りたい」という(エロい)欲求が出てくる訳で、最初から答えが出ているクイズには興味を持たなくなるのでは?と思ってしまうんです。
あ、えっ? 今回はエロい話じゃなかったんだ。
隠すと知りたくなる人間の習性(さが)があるんだよなぁと思ったのですが、その延長から、昨今の言論統制って逆に良かったのでは?と思えてきたんです。
以前のトピックで、コロナ禍で"良かった事"を検証してみました。
「何かおかしいなぁ」と多くの人が感じるようになったことが良かったのでは?と述べました。
また不自由に慣れることはいけないということも述べました。
何かおかしいと感じた人が、どうなっているのかと調べようとする。
けど、最近は、ある特定のことについては言論統制まがりのことがされていて、公開すると「バン(アカウント凍結)」されることがありますよね。
つまり、ネットで調べても、本で調べても、新聞で調べても、隠されていることがあって、なかなか真実に到達しにくくなっているんです。
「何かおかしいと感じるけど、いくら調べてもなかなかスッキリした解決ができない」状態になっているということです。
こんな不自由な世界、あかんやろ!と私も思ってました。
けどですね、むしろ隠す方が良いんではと気づいたんです。
まさに昔裏山で読んだエロ本のように!
隠せば隠すほど、本当のこと、真実を知りたくなるものなんですよ、人間っていうものは!
言論統制的なことをすればするほど、「何かおかしいなぁ」という違和感が発生し、人々は真実を知りたいと思うんです。
そして、やがて漏れ伝わる真実を知った時には・・・
なんじゃこりゃぁぁぁぁ!#$%*+!?>@!
さぁ、もっとどんどん隠しなさい!
隠せば隠すほど、気づく人が増えてきますから。
そして、自分の頭で考えようとする人が増えてきますから。
人という存在は、理不尽で無慈悲な権力に屈するような弱い存在ではないんです。(と、信じたい!)
今回の珍言爆言
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問題はむしろ真実を知った後の行動
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