「変な校則」というキーワードで検索をすれば、色々面白い校則が無限に出てきます。
いちいちツッコミたくなる気持ちを抑えつつ、そこに隠れている問題を冷静に分析してみましょう。
変な(理不尽な)校則を分類すると、大き分けて3つに分類されると思います。
- 身だしなみ(髪型・服装)関係
- 異性との交際、交遊関係
- その他 意味不明なルール(校則なしも含む)
「スカートの丈がどれくらいにしろ」とか「髪の毛の色を黒に統一しなさい」といった身だしなみについてですが、これは見た目を統一した方が管理しやすいからでしょうね。
服装の乱れは生活の乱れという考え方で、少しでもルール違反を見つけやすくする為に、これらの校則があるのだと推察できます。
しかし、見た目は問題なく他人と同じであっても、様々な問題(心の問題)がある生徒は逆に見つけにくい。
今の時代、明らかにツッパリ不良姿の問題児っていませんからね。
むしろ心の問題を抱えている生徒の方を、いかに救うかが大事なのかと思います。
次に、異性との交際・交遊関係ですが、これは心理学、コミュニケーション学、もっと言えば、人生観や日本文化、性教育など多岐にわたることを手間がかかるから教育する方向ではなく「禁止」にしていることがほとんどだと思います。
相手は生徒といっても人間ですからね。
他人・自分とのコミュニケーションは不可欠です。
コミュニケーションに必要な知識を教えずに、放置しつつ、ルールで縛るというのは、獣の目の間に餌を置きつつ、首輪で縛っている状態かのようです。(例えは悪いですが)
やはり、知識の詰め込みだけではなく、コミュニケーションについての教育も必要なのではないでしょうか?
ひょっとしたら、これらコミュニケーションの能力を十分に兼ね備えている先生がいないのかも知れません。
これこそが、本当の問題なのでしょうが・・・。
最後に、その他、意味不明なルールというのもよく見かけます。
まぁ、これは合理的な根拠がないのであれば、ルール(校則)自体を廃止すべきでしょうね。
意味も分からず「ルール」があるからという「ルール」で、行動を抑圧するのは民主的ではありません。
いや、ひょっとしたら、ひょっとすると、「合理的な根拠」を自らの頭で判断できる先生がいないのかも?
それは大問題ですよね。根が深い問題です。
結局、校則というのは、教師が生徒を管理・監視しやすくする為のもの。
これは集団が共通の共同体意識、みんなでこの社会をよくするために一定の制限があっても良いとその共同体を構成する人が皆納得しているのであれば、問題ないと思います。
しかし、そうではなく前例主義で、ただ残されているだけなのであれば、改定すべき点はしていく必要があるでしょう。
そこで、大切なのは、いっそのことルール自体をなくしてしまえば良いと考えるのではなく、いかに「共同体意識」を構築することに力を注ぐべきなのではないでしょうか?
今回の珍言爆言
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行動を制限するルールに、愛があるのか?が大事
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