ご存知かと思いますが、私は「気合と根性」論には、 どちらかと言えば、否定派なんです。
はい、できれば「気合と根性」ではなく、「仕組みと理論」 で物事を解決したいと、正直思っています。
しかし、果たして、人間は、 完全に合理的に考えることってできるのでしょうか?
例えば、投資をする時は、冷静に合理的な判断をし、 確率論で行動をすべきだとも言われます。
はい、その通り!おっしゃる通りなのですが、その行動も、 私という人間が、その器を使って、感情的に行動しているのでは? と思うんですね。
そんなこんなを考えていたら、どうやら、この「気合と根性」 にも大きなパワーが含まれていて、正しく上手に使うことで、 より能力を発揮できるのでは?と思うに至りました。
はい、ということで、今回は、「気合と根性」という精神論の話・ ・・・かな?
なぜ「かな?」なのかは、読んでみてのお楽しみ! だってオチがないから・・・って最初からオチなし宣言です(笑) !
何か行動をするには、エネルギーが必要ですね。( これは理解頂けるかと思います。)
けど、人間という動物は、エネルギーさえ取っていれば、 活動できるって訳では無いんです。
たくさん美味しいものを食べていても、行動しなかったら( 動かなかったら)、余計な贅肉がついて、 更に行動できなくなってしまうでしょ?
逆に、行動すべき動機が明確な人は、テキパキと行動していて、 余計な贅肉は少ない。
この違いは何でしょうか?
人間以外の動物は、生きる為に「エネルギー」を摂っています。
動物の行動とは、餌を食べて、 子孫を残すことだけなのかも知れませんが、とにかく「生きる」 為に餌というエネルギーを摂ることに命をかけています。
しかし、人間は、大脳は発達した為か、 生物として必要なエネルギーを摂っただけでは、 生きていけないんですね。
「想い」「マインド」「考え方」つまり「気合と根性」 が必要になってくる訳です。
いや、もう少し正しく表現すると、この「気合と根性」 そのものに、爆発的なパワーが備わっているんじゃないかな?
「爆弾」で例えると、「気合と根性」は『信管』の部分で、「 エネルギー」はその周りに配置されている『爆薬』でしょうか?( 今の時期にふさわしくない例えかも・・・笑)
いや、ちょっと違いますね?
「気合と根性」は単なる着火装置ではなく、 それ自体にも濃縮されたエネルギーが含まれているのでは?
それで、「気合と根性」も大切なんですが、「エネルギー」 は大切じゃないのか?
いえ、両方大事、結局バランスが大事、ということ。。
え、え、え、え、え? それ、かなり普通の意見?(私らしく毒吐いてないって? ゴメンくさい!)
まぁ、確かにバランスは大事なのですが、人間という動物は、 この「気合と根性」の部分(別名「想い」) がパワーとして発揮しないと全く効果的ではないのだと。
もちろん、「仕組み」や「システム」を変えたり、 整えることは大事ですよ。
よりより生活をする為に、古くなったり、 使いにくくなったものを改める。
はい、これは大事。(これは大前提)
けど、もっと大事なので、「それを何故するのか?」 ということなのではないでしょうか?
これを「気合と根性」の一言で片付けてしまうのは、 少し乱暴なのかも知れませんが・・・そんな結論です。
目先の利益のことのために動くだけでなく、未来のため、 子供たちのために動く、そのための想いというのが大切なのでは?
はい、そこまで話を拡げちゃいました!
「誰々がどうした」よりも、「私(我々) はこういう想いがあるのでこうする!」 っていうことを考えてみる必要があるのではないかなぁ。
はい、予告通りオチなしで、すみませんでした!