「言葉こそ人生」読むだけ元気お届け人の"今ここを生きる心"の裏側

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タイ旅行で感じた「観光」の本質

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先日、タイのバンコクに約4年ぶりに遊びに行ってました。

バンコクは、その間にさらに都会化が進んでました。

大きなショッピング・モールが数多くできていて、そのどこもが人で溢れてました。



また、一昨年お亡くなりになった前国王の火葬殿があるサナームルアンにも行くことが出来て、参列させていただきました。(幸い、開放時期が昨年の12月末まで延期になったので、見学することが出来ました。)

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タイの国民に愛されていたプミポン前国王にお別れをするために、多くの方が参列にいらっしゃってました。(中には何回も参列する人がいるそうです。)



その風景と、仏教国であるタイの寺院を見ると、日本人にとって、とても親近感ある感じです。(タイの場合、色彩はキンキンキラキラですが・・・)



日本にも神社仏閣が至るところにあり、天皇制があり、感覚的に馴染みやすいものがあります。

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一方、バンコクの名物でもあるトゥクトゥクという三輪タクシー。



これに久しぶりに乗ってみようと思ったのですが、ものすごく高い値段を掲示されて、断念・・・・。



人が多い場所で、しかも混雑していた時間だったのが悪かったのかも知れませんが、完全に、「観光地」価格になっていました。



また近くの場所には、「行かない」と言って乗車拒否されまくりました。



寺院の前とかで止まって客待ちをしている三輪タクシーは、外国人観光客が、べらぼうに高い値段でも乗ってくれるから、ドライバーはこんな態度になってしまうのでしょうね。



仕方がないといえば、仕方ないのでしょうが、古き良きタイを知っている者にとってみれば、少し寂しい感じです。



はい、この「寂しい」という気持ちは何なのでしょうか?



資本主義なんだから、観光地での値段が上がるのは当然だと理解はしているけど、微笑みの国タイ=敬虔な仏教国のタイ人=純真なタイ人と勝手に思い込んでいて、「お金」に毒されているタイ人はイメージと違うから「寂しい」と思うのかな。



これって、外国人の勝手な思い込み、大きなお世話ですよね。



しかし、今回の旅で大きな気づきを得られたのはここの部分です。



人望厚かったプミポン前国王の火葬殿に何回も参列する国民の姿には、明らかにタイ文化が反映されていると思います。



外国人から見ても、「いいなぁ」「羨ましいなぁ」「素晴らしいなぁ」と感じます。



一方、観光地化されてしまった部分、乗車拒否したり、とんでもない値段を要求する三輪タクシーのドライバー。



姿形は現地の人ですが、心は完全にグローバリズム的資本主義に侵された人たちです。



また「会いたいなぁ」とはあんまり思いません。



「観光」とは、「光」を観にくること。



そこに魅力ある「光」がないと、人は集まらない訳ですね。



そう考えると、我が日本も「光」を発しているのか、考えされられました。



ただ安いから買い物のために外国人が日本に来ているだけになっていないか?



つまり観光を産業にするということは、観光地だけのハード面の問題だけではなく、住んでいる人全員の「心」も輝かせていかないとダメなんです。



今回の珍言爆言
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輝いている所に人もモノもお金も集まる
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