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【コラム】究極の利他主義は種の保存への貢献

究極の利他主義は種の保存への貢献

動物の進化って、偶然の産物じゃなくて、「ワシは、こうしたいんや」という動物の意思で進化してきたのでは?と考えないと理屈が通らない時があると思っています。
 


チーターの模様は、黄土色っぽい毛と、黒の点々の毛があって、遠くから見たら、アフリカの草原に溶け込んでカモフラージュしています。
 


これって、あるチーターが、「俺、この模様の方が、相手から見えにくいからええと思うんや。どう?」と、体を改造したチーター一匹が出てきて、それを見た他のチーターも「おお、それええやんけ?おしゃれや!」ということで、みんな真似したのではないでしょうか?
 


この考えは、ダーウィンの進化論と相反する部分があるのですが、この理論でないと説明がつかない部分が多々あるんです。
   


ま、今回は、ダーウィン先生と意見を交わす訳ではなく、別のことについて考えて見たいと思います。(脱進化論については、また別の機会に)
 


その流れから、なぜ人間は、

「時間」や「お金」や「愛」といった概念を発明したんだろうか?

と考えてしまったんです。

 

もっと言えば、「言語」ですね。

 

概念のほとんどは、「言語」で定義するものですからね。
 


そういうことをある質問から考えたのです。
 


まず「言語」を介した「概念」っていうのは、「情報」ですよね。
 


人間はきっと、「遺伝子」以外で「情報」を伝達する為
「言語」を発明したのではないかと思います。
(早速結論じみたことですが)
 


さっきの例で、チーターの模様の例を出しましたが、あるチーターが「イケてる」模様を編み出したけど、それを自分の子供に反映させようと思っても、結果が出るまで1世代は待たないといけません。

 


しかし、「言語」を介した「概念」で、「情報」を共有できる人間の場合は、自分の子供を待たなくても、他人に伝えることによって、他人の子供が「進化」するかどうかを確認できる訳です。
 


だから、人間は多様な進化を他の動物より早く行うことができたのではないでしょうか?
 
と、ここまでの推論が正しいとしたらですね・・・・・
「言語」というのは、種の生存のためのツールであって、
目的ではないはずです。
 
となると、

「時間」も「お金」も「愛」も、ツールであって、目的ではない?
 
ということは、これらの「概念」を追い求めさせるモノというのは、何か意図があるのか?ってことですね。
 
「時間を大切にしなさい」とか
「お金を稼がないと幸せにならないよ」とか
「愛がすべて」といかいうのは、

 

まぁ、正しいのですけど、どこかの誰かが本来「ツール」であるものを「目的」に挿げ替えているのではないか?と思っちゃうんですね。
 

究極の利他主義は種の保存への貢献


そもそも人類の種の保存のための「情報」と考えれば、我々が盲目的に追い求めている「モノ」がどういうものなのか?

 

ちょっと見えてきませんか?

 
今回の珍言爆言
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
よくわからない概念ってのは、胡散臭いモノなのかも知れない
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

imakokowoikiru.hatenablog.com

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